この美しさをなぞりたい

林 葉月が見た世界、描き記す絵と言葉

これでいいのだ

しばらくスピプロの余韻に浸っていて

 

伝えたいことがたくさんありすぎて

 

アウトプットが追いつかない私。

 

以前だったらここで「早く書かなきゃ」とか

 

「書けない私ってなんてダメなの」とセルフバッシングして

 

さらにこわばって動けないまま放置、みたいなことを

 

してしまっていたかもしれないと思う。

 

 

だけど、今はもう、違う。

 

書けない、というか、書かない、書いていない自分を

 

責めるでもなくなじるでもなく、ただそのまま見つめていて

 

書きたい気持ちを打ち消すでもなく急き立てるでもなく

 

共に在って、ここにいる。

 

 

これでいいのだ。

 

 

の境地。やっとバカボンのパパなのだ。

 

それでも胸の内に「書きたい」という熱い焔が灯っているのを抱いて

 

時間をとって、取り組む。

 

「やらなくちゃ」で動かない。

 

「やりたい」だから「やる」だけ。

 

これをひたすらこれからも繰り返し続けていく。

 

 

すごく、楽しいんです。

 

書きたいことが山ほどあって。

 

時間さえあれば、自分にそれを書くことを許せる、与えられる。

 

楽しくて止まらない。

 

 

これでいいのだ。

 

 

40歳の春だから。

 

元祖じゃないけど天才ハヅボンのママだから。

 

冷たい目で見ないで。

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スピプロ修了しましたー!

とうとう修了しました。

 

4月から通い始めた本郷綜海さんの「スピリチュアル・プロフェッショナル養成コース」

 

 

「スピリチュアルな仕事のプロフェッショナルになるための講座」なわけでもなくて

 

その枠に収まりきらないくらいの愛と変容と情熱と出会いと癒しがそこにはたくさん詰まっていました。

 

 

スピリチュアル(こころからだ精神の総合的な)かつ

 

プロフェッショナル(自分に起きたことに対しての全責任を負うこと)な

 

在り方を学んだんだと思います。

 

 

確かにカウンセラー、ヒーラーなどの対人援助職の人の参加も多かったけれど

 

歌を歌う人や絵を描く人、踊る人、言葉で綴る人など何らかの表現をする人も多く

 

そのどちらにも属していないが、参加してみた、という人もいました。

 

 

私は、とにかく自分の好きなこと得意なことやりたいことで収入を得ていく生き方をしていこうと決意して

参加したのだけれど最終的には自分が生まれつき持っていた特性

 

エンパス(共感覚者)

 

サイキック(エネルギーを読める)

 

であることを思い出し、受け入れて、今までの自分だと思って生きてきた私と統合するという

大きな変容になりました。

 

 

大事なことなのに、ずっと忘れていることがいくつもあって

 

封じていたこともあれば、ただ記憶のポケットに入っていたものもあって

 

思い出したら「ああ!なんだ!そういうことか!」ってくらい

 

腑に落ちるんだけど、きっとこういうことって

 

 

「思い出す喜び」とか「自分に再び出会う楽しさ」を

 

味わうために忘れさせてくれた気がして

 

私を超えたところにいる私が私のために用意しているプレゼントみたいな

 

そんな気がするのです。

 

つづく。

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トンネル抜けて③

トンネル抜けて②からの続きです。

 

私は「ヒーラーになりたい」と思ったことが今まで一度もなかった。

 

しかも「敏腕」って綜海さん級のヒーラーってことらしい。

 

 

なんでやねーん。知らんがな。

 

 

だけど、そうだった!と思い出している自分もいた。

 

私、サイキックだったんだ。子供の頃から。

 

人の気持ちがわかってしまって、辛かった。

 

知りたくないことまで知ってしまうから。

 

 

それと真実が知りたいという願いのもとに

 

目の前で誰かのついた嘘がバレていくような出来事もあったり

 

不思議な出来事にも幾つか遭遇したというか

 

否応無しに巻き込まれていく感覚があった。

 

全然自分でコントロールが効かない感じ。

 

なんでそんなことしているのか?

 

なんでこんなこと言ってるのか?

 

全くわからないまま

 

 

それが私になっている感覚。

 

 

友達にも相談して、師となるようなシャーマンを探そうかと思ったり

 

でも今みたいに情報を得にくかったから

 

変な人と出会ってしまったりもした。

 

 

だから、全然、ヒーリングとかそういう能力とかに憧れたことがない。

 

 

目に見えない世界を感知する能力というのは、必ずしも幸せなことじゃない。

結構ハードだよ、って思ってた。

 

 

綜海さんに会うまでは。

 

 

だから。

 

 

私は、そういうちょっと特殊な能力とか全部なしにして

 

「普通になりたい!」

 

って神様にお願いしたんだった。

 

もう目に見えない力に振り回されるのは疲れた!って思って。

 

 

それと、結婚したり子供産んだり育てたりっていう

 

大多数の人が経験しているようなことに

 

一切興味がなくて、そういう人間たちのことを全然わからない感じがしていたので

 

それらを私も経験してみる!という選択をしたんだった。

 

 

それらが一気に全部、巻き返してきた感じ。

 

一つの点に達して、それが折り返し地点になる感じ。

 

 

何もかも揃ったような感じがした。

 

そして、いつも変性意識に入る時に感じる

 

頭のあたりがブワーンてなって少し圧迫感を感じる感じがあった。

 

何だかよくわからないけど、一斉遠隔ヒーリングとかしちゃうっぽいな、と

 

体がドドドと動き出し、何年も眠らせてあった「リザーブストック」のアカウントを発掘し

 

一気にイベント立てるところまでやった。

 

「本当にやるの?」

 

「本当にできるの?」

 

答えなんか出てこなかった。

 

ただ「やる」という方向に向かっているだけだった。

 

いいのかな?

 

どうやるのか知らないけどな

 

と思いながら、静かにベッドに横たわると

 

足の裏から頭頂までビリビリしたものが流れ続け

 

頭は拡張するようなほんのり締め付けられるような違和を感じつつも

 

ぶわわわっとなって、手がオートマチックに動き

 

何かをしていた。

 

しながら、今自分がやっていることがわかった。

 

あ、想念の浄化ね、とか、あ、アヴァンダンス、豊かさが入るんだな、とか。

 

自分でも全然なにしているのかわからないけど

 

頭がアンテナみたいに、感覚が拡張している感じというか

 

強めに静電気帯びてる感じというか

 

自分がパラボラアンテナになったような気分だった。

 

そして何にも考えられなくて、すごく気持ちよかった。

 

そうやって、一斉遠隔エネルギーワークを終えた。

 

体への違和感というトンネルを抜けたら

 

そこにはこんな思いもしない出来事が待っていたなんて

 

自分でも驚いたし、このプロセスを見守ってくれた人たちも驚いてた。

 

さて、その遠隔エネルギーワークの時に見えたヴィジョンがあるけど

 

それはまた今度書くことにする。

 

 

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トンネル抜けて②

次の日、起きても気分は優れないままだけどスピプロが終了するまでにどうしてもHP

リニューアルしたかったので、その内容を詰めたりしていた。

夫も手伝ってくれるという。

 

なんとか色々な作業を終わらせて

夫は仕事へ行き私は一人に。

 

まだまだやることが溜まっていたので

仕事場へ行って、作業をしていたのだけれど

 

あまりにもしんどかったので、前日から、フェイスブックのスピプロ受講生のグループに投稿していた。

 

仲間たちに支えられながら、でもどうしても自分に対する「愛されていない感」が拭いきれず

 

どんどん辛くなっていった。

 

仲間や友達が私のことを好きだと、可愛いと、素敵だと

 

いうような温かい言葉をどんなにたくさん送ってくれても

 

ありがたいという気持ちになりこそすれど

 

自分の胸の奥が痛むような、この「愛されてない」という体感は、薄まらなかった。

 

 

 

私には寂しい気持ちを忘れるために食べてしまう癖があった。

 

食べ物が力をくれるから。

 

食べ物はいつでも力を分けてくれたから。

 

寂しいそしてその奥には愛されていない感覚がある。

 

 

誰かに何かをお願いしてどうにかなるような気がしないというか

 

そんな気持ちにもなれずに、ただただ落ち込んでいった。

 

夫との関係の中で、スキンシップに関するモチベーションの違いとか

 

そういうのもあって触れ合うことが少ないという悩みにも

 

火がついて、さらにどんどん辛い気持ちが溢れてきた。

 

 

どうしてこんな私なのだろう?

 

から、愛されていない、死にたい、どうして?

 

涙が止まらない

 

こんなことなら

 

いっそのこと殺してくれたらよかったのに!!!

 

って胸の奥から絞り出すようにして号泣した

 

 

 

その瞬間、胸の奥からぶわあああっと目に見えない金色のエネルギーみたいなものが

 

立ち上るように出てきて盛り上がり、ぐわあっと波のような感じで静まっていった。

 

 

 

と同時に、たった今さっき、私が強く思った

 

「いっそのこと殺してくれたらよかったのに!」

 

という叫びも悲痛さも、どこかに消えてしまった。

 

(実は「殺してくれたら」なんて思ったことは今まで一度もなかった。

死にたい、くらいならほぼ常に思っていた時期もあったけど)

 

 

悲しさとか愛されていない感じとかが全部吹っ飛んで

 

 

そこにあったのは「生かされている」という感覚だけだった。

 

 

そしてその胸から立ち上るような金色のエネルギーが現れた時に

 

胸の奥から「敏腕ヒーラーになりたい」

 

という言葉が出てきた。

 

 

呆然とした。

 

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トンネル抜けて①

通っているスピプロのいよいよ最終講義が近づいてきて

facebookに友たちの課題シェアが上がってきているのを見て

しまった今回課題まだやってない!シェアする人誰か見つけなきゃ。

と思って同じ関西在住者のみっちゃんが募集しているのが目について

京都で対面シェアすることになった。

 

その日、やること盛りだくさんでみっちゃんが到着する30分前にやっと

課題を始めたのでまだ終わっていないながらも

みっちゃんも完成していないというので、シェアすることに。

 

二人とも「魂の使命」ってなんだろう?というところでつまづいてしまって

時間もかかりそうだし、よかったらまた明日スカイプででもシェアしようか

ということになって解散した。

 

その後、私は前の日からなぜかドレスみたいなワンピースを着たくなっていて

持ってないしでも買うにもサイズがとためらっていたら友達のやっちゃんが

一時的な気分だったらH&Mとかでも気にいるのあるかもよ?って教えてくれたので

ファストファッションはもう着ないって決めていたけれど、一応見てみることにした。

 

いくつか目についていくつか着てみたら

気になったのは記事のペラペラさでも丁寧じゃない縫製でもなくて

自分の大きくなった肉体の方だった。

 

今、過去最大に大きくなっているのは体重的にはわかっていたけど

明るい場所で大きな鏡でまじまじと見てみたことはなかったかも

 

まずその量的な大きさにびっくりした。

私の中にいるこの私は、誰かと入れ替わったわけでもなくて

私のままだから。

 

だけど、こんなに大きいと思ってなかった!

ショック!

 

ここから自分の体に対する自己嫌悪がぐんぐん湧いてきて

ついでに行ったZARAを出る頃にはすっかり落ち込んでいた。

 

まず物理的に着られる服が断然限られてくるし

その上で、好きなものを探すとなるとかなり困難に感じる。

そして過去の自分は何を着ても着こなせていたので

当社比ならぬ自分比でいくとだいぶ醜いと感じてしまった。

 

他人のことを見るときは、大きかろうと小さかろうとシワがあろうと足が短かろうと

なーんにも関係ない、美しさって造形的な美醜ではないところに宿るもののことだ!

って思って見ているのにね。

自分にはジャッジしまくり。

 

挙げ句の果てに

「この体を創造しているのも私の意識なわけで、だとすると何がこんなことを自分にさせているのだろう?」

って考え始めたりして、でも出口がなくて、どんどん悲しい気持ちが溢れてきた。

 

河原を通ったら少しは気持ちがいいかもしれないと思って

鴨川におりてしばらく行くと、原っぱがあってゴロンと寝転がると

空がまあるくて、広くて、なんにもなかった。

空が丸いのは私の眼球が丸いからだったりはしないのだろうかと

ぼんやり思いながらずっと見上げていたら

悲しい気持ちは少し落ち着いてきた。

 

肌寒い気がして起き上がり、少し行くと、そこに大きな木があった。

まあ、ちょっと座って行きなさい

と言われた気がして、木にもたれて甘えた。

木は温かく、無口だ。

だけど、じっと、見つめている。

ここにいてもいいよと言ってくれる。

ちょうど私が座るのにピッタリなくぼみがあって

そこに座らせてもらった。

眠くなってきたので、さすがに帰ることにした。

 

自転車をこぐ私の足が重くて、夜も遅くて眠くて

帰ったら夫と話がしたかったけれど

あまりにも遅くなってしまったので

全員眠っていたのがほんのり寂しかったので

静かに眠ることにした。

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From NY

つい数日前、母からメールで

 

「オレスタさんから返事きました!元気でNYにいるみたい」

という返事が来ました。

 

頭から「!」が飛び出るくらい驚いて嬉しい気持ちになりました。

 

だって、だってね!

私も母も「オレスタさん、今頃どうしてるかね?」ってたまに話題にし続けて30年くらい。

でも母が「なんか手術したとか聞いたし、もう死んじゃってるかも」と言うもんだから

「じゃあ、そうかもね

って、私達は、勝手に思い込んでいて。

 

インターネットがこれほどまでに普及してる時代じゃなかったから。

ましてや、今みたいにSNSで誰もが発信みたいな感じでもなかったんですよね、ここ何年か前までは。こんなに誰もがそれほどの知識も技術も資金もかけなくても世界中の友達と気軽に連絡を取り合えるようになるなんて考えてみたら、すごい急速な変化で。

 

こんなにまで発達したから私も「フルネームさえわかれば、もしかしたら何か情報が出てくるかも」って思えたわけで。

 

母の家に行ってケータイを見せてもらうとオレスタさんからのメールが。

 

My dearest sweet friend.It is FANTASTIC to hear from you.I NEVER forgot you.YOU are so special.Please tell me everything about you.How is your daughter.Is your health O.K.????Are you still working?IAt this time of my life i am doing sculpture from stone I love what I create.

 

きっと興奮して書いたんだろうね。メールの件名のところにこんな長い文章が書いてあって。笑。

可愛いね。

 

母もすぐ返事して

また返事が来て

 

2人で、喜び合って。

 

本当に良かったなあって。

 

私が瞑想中にオレスタさんと2人で絵を描いたことを思い出さなければ、私が母にどうしてるかね?って話さなければ、その時に本名で調べてみようよって言わなければ、今頃はオレスタさんは私と母の中では死んでたんだもの。

 

早速、母に「会いに行こうよ!」と言ったら「えー!」なんて言うから「だっていくつよ?今行かなかったらオレスタさんいくつ?いつどうなるかわからないのに。」「まーねー、そうね!会いたいね!行くか!」

なんて話して。

 

私はMoMAで開催中のコムデギャルソン川久保玲展が開催中のうちに行きたいって思ってるんだけど、果たして行けるのでしょうか笑。

 

いや、決めるだけか。

 

行く。

 

行くんだよ!

 

待ってろNY

 

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歌って踊った@綜海さんのライブ&トークショー

六月八日、今通っているスピプロ主催の本郷綜海さんが

「トーク&ライブ 私たちは自由だ! 生き方を選ぶ」

というイベントを渋谷でするとのことで

エンヤートット合唱団の一員として参加してきました。

 

 

綜海さんのオリジナルソング「帰還」の歌詞を覚えていて

今までに合唱団参加したことがある人は歌いに来てください

との募集を見て、出演資格はあるものの東京だしどうしようか迷っていました。

 

本音は行きたい。行って歌いたい。

でもそんなことしちゃいけないんじゃないか?

交通費だってかかるし

行って歌って、何になるの?

 

だけど。。。

 

行きたい、歌いたい。

 

ホントに?

 

一人で問答しすぎて具合悪くなるくらい悶々として

 

夫に申し訳ない

余裕もないのに欲求だけで動いていいのか

 

いろんな浮かび上がってくる

一枚一枚玉ねぎの皮をむくようにして

そういった罪悪感とか

自分の素直な気持ちを遮るような思考を

キャッチアンドリリースして

そんな自分でいいんだ、大丈夫なんだって

なでなでして

 

やっと直前に参加することを決めました。

 

楽しいことに参加するのにすごく勇気が要りました。

 

不思議だなって思うの、そんなことって本当は、当然いいに決まってる。

 

だけど、ただただ自分を楽しませることは許されないと思ってる。

制限を制限だと思い込んで自分を自分の牢屋に入れてしまう。

 

お金だって時間だって人からの協力だって

全身全霊で望んだら、本当はどうにでもなるものなのに。

 

そして色々と悩んだけど、そんなことは、もう当日の朝、新幹線に乗ったら全部吹っ飛んじゃって

全力で楽しんじゃう方向にしか意識が働かなくなる。

 

当日、現場に着くと懐かしい友達に再会して嬉しかったし

 

本番前の緊張感が心地よかった。

 

開場を待つ人たちがかなり前からいらしてるのもすごいなと思ったりして。

 

高橋全さんのピアノを全身で浴びたら意識が飛んでしまって

はっと気づいてみると、開場の空気が柔らかく透き通っていた。

 

PICOさんのトークはパワフルで元気いっぱい。

PICOさんはステージ上から金色の種を私たちに投げた。

半信半疑でそれを受け取り、言われた通りに右手のひらから胸の奥に入れたら

 

「なんか?!入った感触ある

 

ちょっとびっくり。

実はあんまりスピリチュアルなトークが大好きなわけでもない私。

本質的な話の比喩として色々聞いてたりしたけど

なんか確かに今やってみたら入ったな。。

 

そして綜海さんとPICOさんのトークセッションは

お客さんから質問を投げかけてもらう形で進んで

これは現場の生の醍醐味というか当然全部アドリブなのに必然て感じのことが

どんどん起きてくる感じで、最初から最後まで、目が離せなかった。

 

そして高橋全さんのピアノがまた素晴らしくて。。うっとりと聴き惚れてしまいます。

高橋全さんは「朝崎郁恵」さんの「うたばうたゆん」のピアノもされていて

私そのCDを吉祥寺のタワレコで聞いた時に大号泣して当時、まさに聞きたかった音楽で。

その人のライブを今ソロで聴いているというのも不思議な気がしました。

 

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そして綜海さんの歌は圧巻でした。

「花は咲く」は私、泣いてしまって、これから舞台で歌うのにと思いながらも

涙が止まらなくて。。。

 

全身全霊で歌ってる綜海さんは、力強さとか、儚さとか、美しさとか、あらゆる感覚を

讃えているかのようで、なんというか、歌手という括りで言ったら、こんな人他にいなさすぎて

もはや歌手と言っていいのかもわからなくなる感じがありました。

 

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そして私たちは「エンヤートット合唱団」として舞台に呼ばれ、足踏みをし、歌い、踊り、跳ねました!

 

楽しかったなんてもんじゃないってくらいの楽しさでした。

 

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今回はセコ・サンチェスさんというパーカッショニストが入ってくれたおかげもあって

とてもプリミティブな感じになって良かったように思います。

 

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綜海さんの「虹」も「帰還」も「どんなときも」も「Over the rainbow」も全部素晴らしかったです。

 

やりきった感と楽しすぎた疲労感と全部混ざり合って会場を出ると17年来の友人がロビーで待っていてくれました。

久々に会って思い出話と近況報告と不思議なご縁のお話を(これはまた今度書く)

 

そして打ち上げでもさらに交流して楽しい時間を分かち合い

 

深夜にこれまた17年の付き合いの友人の家に泊めてもらうために落ち合い

夜な夜なおしゃべりしていたら薄っすらと夜が明けてきたので慌てて眠り

 

朝起きて下北を歩き帰ってきました。

 

新幹線に乗ると「私って、素晴らしいなあ」という想いが訳もなくとめどなく湧いて

それをじんわり味わいながら帰りました。

 

PICOさんの「ただ私は素晴らしいんだって気づくだけでいい」その種が生きていることを感じていました。

 

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ライブペインティング@へっぽこ音楽祭③

音楽家の片岡祐介さんが「へっぽこ音楽祭」の最後の

「祐一郎手作り楽器セッション」の時の様子をダイジェスト的に

まとめてくれた映像があります。

 

こんな感じ

 


へっぽこ音楽祭 セッション

 

京都には「売れまくって何が何でもメジャーデビューしよう」というノリの

対極にあるような「暮らしを楽しむための音楽」という音楽の存在が

そこかしこにあります。

 

もちろん大都市や海外で活躍する人もいるのですが

(「へっぽこ音楽祭」に出ている音楽家たちも結構活躍している人たちだったりします)

基本的に「楽しくやろうぜ」であることは揺らがない感じがあります。

 

プロってなんだろうね?

アマチュアって?

 

上手いとか下手とか

それを超えたり

 

音楽で何がしたいのか

 

そんなことを思ったりします。

 

私はこの「へっぽこ音楽祭」が技術の良し悪しを前提としないための前振り的な

タイトルだとは思っていなくて「へっぽこ」であることの提案というか

 

何か突出して優れたところだけを全面的に押し出すのではなく

その人が丸ごと出た時の凹凸とか陰影とかを全体的に

そのままで分かち合ったり味わったり、しませんかね?

というコンセプトを感じたんですよね。

 

プロだからとか素人だからとかで在り方までは括れないわけで。

 

人前で何かを奏でたいと思っている人の

 

その臆病さ、恥ずかしいだけどそれを上回る勇気、ふるえる心

 

揺らぐ気持ち、日常の繊細さ、大胆さ

 

そんなことを、そのままでいいよね

って、そんなことをゆきさんは思ったんじゃなかろうか

と私は思う。

 

「へっぽこ音楽祭」

 

美しさがそこにあったような気がしています。

 

 

本郷綜海さんの「魂とつながる歌の唄い方®」という講座も

名前がちょっと「魂」とか出てくると仰々しく感じる人もいるかもしれませんが

「歌いたいけど歌うことにハードルを感じる人」たちが

今の自分のその「歌いたい」という気持ちに何を乗せたいのか

どんな思いを胸の奥に持ってきたのか、に焦点をしぼり

「本当の思い」を表に出す手伝いをしてくれるワークショップでした。

 

ちょっと違うところもあるけど

限りなく近いところもある気がして

 

人間って、いいなぁ、と思いながら

じんわりと味わった一日になりました。

 

主催の皆さん、出演者の皆さん、お集まりいただいた皆さん

よい日をどうもありがとう。

 

またやりたいな。

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ライブペインティング@へっぽこ音楽祭②

「へっぽこ音楽祭」はゆきさんとゆういちろうくんが主催&企画したイベントで

 

「上手な人、日頃ギャラ貰ってる人は出演不可。下手でも音楽を楽しんでいる人や、プロのミュージシャンの場合は専門外の表現で出演する」というコンセプトのライブイベントです。

 

一「ア・ユジュン・ス」(ピアノ、うた)

 

これは普段はキーボディストとして活躍している鈴木潤さんとちゃぶ台バンドとかやってるアユさんのコンビで

潤さんは歌、アユさんはピアノ。

 

MCで、潤さんが「僕、学生の頃、歌ったりしながら弾いてたこともあって、だけど全然良くないって言われてたので緊張するけど…」と言って歌い始めたのですが、その緊張が伝わってくる感じも含めて、すごく胸に響く歌でした。「僕が作った曲で、暗い歌ばかりになりますが」と言っていたけど、むしろその感じも新鮮だし潤さんの奥深くから出てきているような感じがして、とても良かったです。ちょっと涙が滲んでしまいました。

 

 

感動する歌って、必ずしも「整った発声法で、調和された音で、歌い上げる熱情」みたいなものでもなくて

 

やっぱりその人の奥の方から、本質みたいなところから

差し出された音、滲み出ちゃった揺らぎ

とかに私たちの胸の奥の方が共鳴して感動するんだと思うんですよね。

 

だから、はっきり言って技術的なことなんか、どうでもよくなっちゃう感じもあって。

 

そういう意味でもこの「へっぽこ音楽祭」っていうのはすごくいいテーマ

みんなで音楽を楽しむという意味ではすごくいいセッティングだと思いました。

 

で、私は一組で一枚の絵を描く感じでライブペインティングをしたので

 

「ア・ユジュン・ス」の時に描いた一枚は、こちらです。

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二「MEYK」(ピアノ、ドラム)

 

二人はシェアハウスメイトで江渕さんと祐一郎くんのコンビ。

江渕さんはピアノ、祐一郎くんはドラム。

 

この二人の出す音は、底の方から明るくて楽しかったです。

江渕さんのピアノのメロディとユーモア効かせてくる感じのドラムが絶妙で

時に楽しく、時にカッコよく、時に揺らぐ心地よさとかもあって

さらに、二人はラップもぶちかましてきて、最高でした。

自由っていいな、と思った。

 

「MEYK」の音で描いた一枚はこちら。

 

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ラップで「RNA」「いみわかんない」という言葉を発していたのが楽しくって

画面に取り入れてみました。わかるかな?わかんないだろうな。

 

 

三.「松井雄一郎」(ピアノ)

 

松井くんは、高校生の頃に弾いたっきりになっていたピアノを最近再開したんだそう。

静かな、禅のようなピアノを即興で弾かれました。

少しハミング的なこともしていた辺りが冒険心ぽかったです。

でも全体的に透明感があって、しっとり。

 

そんなピアノを聴いて描いた絵がこちら。

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四「やぶくみこ」(ギター)

 

やぶさんはパーカッションとかガムランとか三味線とか瓦とかの奏者で

何をやってもできちゃうかもしれないけど、ギターは何回も挫折してきた

ということで、ギターで弾き語りをされました。

私の大好きな七尾旅人の「サーカスナイト」を青葉市子さんがカバーしているののカバーだそうです。

エモかった。そしてキュンキュンしました。

 

そんなやぶさんの弾き語りを聴きながら描いたのはこちら。

 

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五「WAKI」(アコーディオン)

 

WAKIさんはテクノ音楽の作り手で、かつプロデューサーでもあります。

長年やってきたテクノですが、ふとアコーディアオンを持って弾いてみたら

結構評判が良かったということでした。

WAKIさんは即興で弾いていました。

内向しているのに小気味好くちょっと暗いけど奇抜。

そんな印象でした。

 

こちらがWAKIさんの音を聴きながら描いた絵です。

 

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六片岡祐介(ギター)

 

片岡さんは、普段はパーカッションで活躍しているミュージシャンなんだけど

ピアノも弾くし、チェンバロも弾くし、ペットボトルでもなんでも楽器に見立てて

演奏しちゃうので、最初は「出演禁止か?!」という感じだったらしいけれど

「勝手に楽器決めてくれていいよ」ということで主催が「ギター」を指定。

さすがの片岡さんもギターはやったことがなく持ってもいないということで

何するのかな?どんなかな?と変な期待が渦巻く中

中島みゆきを歌い始めました。。。

その不意を打つ感じと、その意外すぎる選曲と、聞いたことがなかった歌声

まさに搾りたて生って感じで、涙腺崩壊しました。

 

 

そんな片岡さんの歌を聴きながら描いた一枚はこちら。

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エモかった。

 

七hoihoi(ウクレレ、うた)

 

hoihoiの皆さんはゆきさんのママ友がメンバーで小学校のコーラスで知り合ったそう。

夜な夜な楽しく練習を重ねてきたみたいで

艶っぽい声とか素朴な歌声が入り混じる総勢6名の大所帯でした。

楽しくて、でも大人で、でも無邪気で、明るいけど、色気もあって

聞いていて弾むような音色に、楽しい気持ちが乗っかりました。

 

そんなhoihoiの曲を聴いて描いたのがこちら。

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弾んでるかな。

 

八マカロニ(ふえ、おどり)

 

ゆきさんと佐藤さんによるユニット。

フルートとリズミカルな音が楽しそうに踊っていました。

描いていたのでおどりは全く見られず。

背後で奏でられる音のユーモラスな感じにウキウキしました。

 

そんなマカロニの音で描いた絵はこちら。

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九祐一郎くんの自作楽器でセッションタイム

祐一郎くんが色々な楽器を手作りしてきてくれたので

出演者もお客さんも手にとってフリーセッションが始まりました。

みんな好き勝手やっていて大はしゃぎでした。

とても賑やかで弾けていて

描いている私も楽しかったです。

 

そんな音の共演で描いた一枚はこちら。

 

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合計九枚描きました。

もっと疲れるかなと思っていたけど、楽しかったので

全然疲れませんでした。

 

終えてみて思ったのは「またやりたい!」ってこと

もう少し大きな面に踊るように書いてみたいです。

 

全体的に、やっぱりその人から気負いなく発せられる音というのは

それだけで充分に人の内側に響く力があるということを

思いました。

 

 

とても楽しかったなあ。

 

もっといろんな音と戯れながら描いてみたいです。

 

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ライブペインティング@へっぽこ音楽祭①

 

6月4日は「へっぽこ音楽祭」@ケパサキにて

ライブペインティングさせてもらいました。

 

急に参加希望したのに

快く受け入れてもらって

本当にありがたかった。

 

どの出演者も、その人にしかない音色を放っていて

リズムもそれぞれですごく面白かったし

泣きそうに、いや、泣いたし

ニヤニヤしたし

とても味わい深かった。

(当日の感想は次の記事に書きました)

 

なのですが、その前にちょっとさざ波が揺れました。

 

自分がどこで描いたらいいかを打ち合わせした時に

 

ふと、私、邪魔なのかな?という気持ちになってしまって、前日になって急に

 

「私は場違いなんじゃないか?音楽祭なのに邪魔してないか」

 

って思い詰めて主催の友人に「やっぱり、やめます」って、連絡をした。

 

友人は、邪魔じゃないし、やりたいって言ってくれて嬉しかったよ!

 

と言ってくれたんだけど、なんせ人前で描くのは35年ぶりだから

 

なんかそのことをもっと大切に扱いたい気がしていて。

 

そのことも伝えたんだけど、一方で

 

「たかが絵を描くごときでそんなに重要ぶるなよな!」

 

という気持ちも自分に対して思っていて。

 

繊細さと大胆さの狭間で揺れて

 

自転車をこぎながら

 

「場違い」ということにものすごく反応していることに気づいて

 

とにかく、いつも人生で、この社会に対して

 

この世界に対して

 

自分がいることが「場違い」な気がしていたんだってことが

 

溢れてきた。

 

いつも自分だけ、他の人たちと違っている感じ。

 

そのことで、良かったことよりも、辛かったことの方が多かった。

 

今まで自分が感じてきた「場違い感」が細かな擦り傷になって

 

擦り傷がが重なって重なって、ガラスが曇って割れちゃった感じ。

 

 

だけどさ、そんなこと裏返せば

 

アーティスト向きじゃないですか

 

 

誰でもない、どこにもないぜ、僕だけの光と影(by ハナレグミ)

 

 

わんわん泣いてそう思えたら

 

やっぱり「へっぽこ音楽祭」の友人たちの音の中で

 

ライブペインティングをやりたいんだって

 

また素直に思えた。

 

だから友人に謝って、やっぱりやらせてください。ってお願いした。

 

気負わずに

繊細なままの私で

場違いすら恐れずに

 

やってみることにしました。

 

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あきらめなかった

甘夏ハウスで食器を片付けていたら

棚の隙間から細いねぎみたいなものが見えたので

 

「あれ?私、こんなところに細ねぎ落としてたのかな?」

 

と思って、拾ってみたら、小さい玉ねぎでした。

 

小さな干からびた埃まみれの玉ねぎは

去年、もらった玉ねぎの種類だったから

 

一年間ずっと棚の下にいたってことです。

 

ほそーくながーく20センチ以上

 

葉を伸ばして。

 

 

暗い室内の埃にまみれて

 

少しずつすこーしずつ

 

成長してきた

 

誰にも知られることなく

 

誰にも気づかれることなく

 

水も土もない場所から

 

少しずつ葉を伸ばして

 

いつか立派な玉ねぎに

 

なれるとも限らなくても

 

このまま腐って死ぬよりはマシ

 

と思ったかどうかは知らない。

 

 

だけど、その諦めなさ

 

ひたむきな生命力に

 

胸を打たれて

 

泣きそうになった。

 

しばらくぼうっと眺めてから

 

ごめんね!と思って慌てて

 

庭に連れて行き

 

指で少し掘って土をかけた。

 

 

せめて、ここで、少しでも

 

ちゃんとした玉ねぎみたいに

 

日を浴びて、水を吸い、土に潜って

 

暮らしてね。

 

 

 

諦めなかった玉ねぎに

 

幸あれ

 

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ほんとうの ひとりぼっち

孤独っていうと、どんなイメージがありますか?

 

 

 

孤独って、寂しい?

孤独って、辛い?

孤独って、悲しい?

 

 

 

 

本当の本当に一人っきりになったことって

 

そもそもありましたか?

 

 

 

 

だーれもいなくて

 

一人ぼっちで

 

真っ暗で

 

月の明かりさえ微かで

 

右手には真っ黒に山がそびえて

 

左からは波の音が大きく響いて

 

 

そんな中、道路を一人で延々と

 

自転車を漕いでいました。

 

自転車のライトはなぜか電球が切れて

 

本当に真っ暗な中

 

遠く微かな月明かりに

 

うっすらと反射する

 

白線だけを頼りに

 

一晩中、自転車をこいだことがありました。

 

 

寂しくて

 

不安で

 

 

見上げた空には

 

星々がたくさんまたたいて

 

いました。

 

 

 

私は一人ぼっち

 

誰もいなくて

 

真っ暗で

 

怖かった

 

 

 

だけど

 

星々は、ずうっと私を

 

見守っていてくれました。

 

 

 

晴れていても

 

曇っていても

 

昼でも

 

夜でも

 

私の頭上には

 

星たちがまたたいていました。

 

 

 

 

その時

 

何もかもが全部

 

私になって

 

私は宇宙になって

 

 

 

宇宙は自転車をこいでいる

 

私でした。

 

 

私は

 

私たちは

 

 

一人ぼっちだったことが

 

今まで一度たりとも

 

あったでしょうか?

 

 

 

私は宇宙だったのに

 

 

 

たった一人で

 

生きている気がしていたなんて

 

 

なんて壮大なコントでしょうか

 

 

 

本当の本当に

 

孤独になれたなら

 

 

それは祝福です。

 

 

私は宇宙だね

 

 

って

 

 

星たちが見守ってくれてるよ

 

 

って

 

 

思い出すことが

 

 

できるのだから。

 

 

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わたしは、わたしの

私が見ている世界のことを

 

私はだれにも話せたことがなかった。

 

いつだって気持ちがいっぱいになってしまって

 

うまく言葉にできなかった。

 

 

どうしたら伝えられるんだろうって

 

ずっと思ってた。

 

 

どうしたら私が見ているこの世界の美しいあり方を

 

伝えられるんだろうって。

 

 

だれにも話したことがなかった。

 

恋人にも、親にも、家族にも、友達にも

 

自分がどんな風に世界を見ているか

 

自分がどんな風に世界を感じきたか

 

 

どうしてだろう。

 

どうして

 

伝わりっこない

 

って思っていたのだろう。

 

 

 

あの頃、一人でそう思って、思い詰めて

 

一人で、世界を丸ごと抱きしめていたことを

 

だれにも分かち合うことがなかった。

 

 

どうやったら伝えられるのか

 

想いばっかりいつも大きくて

 

 

困ってた。

 

そんなことすら

 

だれにも話したことなんてない。

 

 

いつも悩んでばかりいる自分が嫌で

 

 

消えてしまえたらいいのに

 

って思ってた。

 

 

みんなのことが大好きだけど

 

全然、伝えられなかった。

 

 

少し離れたところから

 

見守っていることが幸せだった。

 

 

全然そんな風に見られないけど

 

自分の「好きだ」という気持ちを

 

全然優先できなくて

 

友達と同じ人のことを好きだと思っても

 

なかったことにしたりして

 

友達の幸せを願ったりしていた。

 

 

後でそのことについて気づいて

 

自分を取り戻したくて

 

猛然と気持ちを打ち明けたこともあるけれど

 

友達への思いやりのかけらもないタイミングで

 

今更、どうにもならないところにいただけだった。

 

 

悔いのないように生きたいと

 

嘘がないように生きたいと

 

願っていたのに

 

自分が自分を知らないうちに裏切ったりしていた。

 

 

どうしてこんなにうまく生きられないんだろう

 

 

って、泣いてた。

 

 

人生をちゃんと生きたい。

 

 

いろんなことに振り回されないで

 

 

自分の芯から紡いでいきたい。

 

 

 

人の役に立つような人間になれって

 

 

おばあちゃんが言ってたから

 

 

おばあちゃんっ子の私はいつもそう願った。

 

 

だけど、いつまでたっても何の役にも立てないし

 

 

いつまでたっても自立できない

 

 

だけど

 

 

やらないまま死んだら悔いが残るような

 

生き方を選べない人生を選んできてしまった。

 

 

胸の奥にそっと灯るほのおが

 

私を引っ張る。

 

 

 

私は私を諦める。

 

 

 

私は、今までの私のあり方をやめて

 

私の本当を生きることを選ぶ。

 

 

 

だれにも邪魔なんてできない。

 

 

 

私以外に私を邪魔する人もいなければ

 

私以外に私をやりきれる人もいない。

 

 

私は、全世界を敵に回したとしても

 

私は、この私の味方をする。

 

 

私が私を一番知っている。

 

 

 

ずっと見てきたから。

 

ずっと聞いてきたから。

 

ずっと一緒にいたから。

 

 

 

私は、私の、一番の親友だから。

 

 

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ひとりコントみたい

自分のことは誰にも理解されない

と思っていました。

 

ほんの数名の親友がいればいいやって思っていました。

 

孤独だな、だけど心地よい、と思っていました。

 

でもそれは、単純に、自分のことを

 

理解してもらおうとしていなかった

 

わかってもらおうとしていなかった

 

伝えようとしていなかった

 

だけでした。

 

 

そんなの、わかるわけないよね。

 

 

それでいて

 

「理解されない」

「孤独」

 

という孤高感に浸ってたとか

 

 

コントみたい!!

 

 

真面目にそう思ってたんだから

仕方ないけど

 

ツッコミどころ満載です。

 

 

理解される=愛される

 

 

だと思い込んでいた上に

 

 

愛=いつか失う

 

 

だと思い込んでいたのだから

 

「理解される」を避けるために

 

「表現しない」を選んで

 

先手必勝みたいな。。。

 

 

アホか!!!

 

 

と思います自分でも。

 

それでいて

 

「いーつーもー思いっきりーつたーえーてなくちゃー!」

 

なんて歌にひどく共鳴して

怒涛の伝えなきゃ死ぬモードに入ることだって

あったりして。

 

それは親しい人の死に直面したのが

早かったことがきっかけになっていたかもだけど。

 

死を意識するようになったら

 

何かを伝えようとすることの恐ろしさより

誤解を恐れて伝えられないまま死ぬことの方が

ずっと恐ろしい

 

と思うようになったから。

 

 

それでも、慢性的に

ちゃんと理解してもらおうとする熱や

表現しようとする熱

は低かったんだと思う。

 

しかしどうだろう。

 

そのことに気がついてからは

とめどなく自分の中から

表現が溢れてくる

溺れそうになるくらい

じゃんじゃん出てくる

 

人に伝わることや

人に理解されることを

 

自分に許せるようになったから。

 

ホント今まで何やってたんだろう?

 

ってくらい、わかってもらおうとすることを

 

サボタージュしてきた。

 

誤解を解くことすらものすごい抵抗があった。

 

もういいや、わかってもらえてなくて。

 

これでいいのだ。

 

 

 

本当に?

 

 

 

時に自分すら自分で欺いていることもあるんだね。

 

 

人間って面白い。

 

生きるって面白い。

 

うんざりするくらい、面白い。

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三十五年ぶり二度目

友達の片岡由紀さんと息子の祐一郎くんが企画・主催している

 

「へっぽこ音楽祭」にて

 

この人生で三十五年ぶり度目の!!

 

ライブペインティングで参加させてもらうことになりました!!

 

 

わ~!!!!!

 

 

「へっぽこ音楽祭」とは

 

「上手な人、日頃ギャラ貰ってる人は出演不可。下手でも音楽を楽しんでいる人や

プロのミュージシャンの場合は専門外の表現で出演する」

というコンセプトのライブイベントです。

 

それで今回の出演者はほとんどが私の大好きな音楽を奏でる友達なのですが

 

今、受講している「本郷綜海さんのスピリチュアル・プロフェッショナル養成コース」で

一緒になって知り合い、友達の友達だったということに気付いた松井雄一郎くんも出演することになってて

 

「あ~いいな~!私も何かしたいな~でもな~」

 

と思っていました。

 

「今は一人で音楽で出る気分じゃないんだよな~」

 

って。

 

だけど、昨日主催の二人に会って

 

「楽しそうだし絶対に行こう」

 

と思っていて、今日ふと自転車をこいでいたら

 

「ライブペインティングやろうかな~」という気持ちが湧いてきて

 

帰ってきて主催者にメールをしたら「来るもの拒まず!どうぞ!」という快諾を得て

 

ライブペインティングすることになりました!!!!!

 

いや~、嬉しい!!!

 

実はずっと前からやってみたかったんだよね。

だけど、それを自分に許せてなかった。

 

私なんかが、とか、もっと上手い人たくさんいるし、とか思ってた。

 

だけど、今回はなんかすごく素直に「やってみたいな~」って思えたし

それを「やりたい」って言えた。

そして主催者もそれを受け入れてくれて。

そのことが何より嬉しい。

 

いや~ありがとうございます!

 

人前で描くのは歳の頃のNYでオレスタさんと一緒に描いて以来です。

 

なんか、感慨深い。

 

 

「はーちゃんは、何がやりたいの?」

 

そう聞かれて心の中では(絵が描きたい!絵本とか作りたい!)って思っていても

怖くて、言えなかった。

 

やっぱり、十八歳の時に「絵描きになりたい」って言ったら「そんなの食っていけない」って言われたことが

私をそこに縛り付けていたんだと思う。

 

言っても否定されるんじゃないかという恐れがずっとあったから。

 

言いたいのに言えない自分が苦しかった。

 

でももう、その私じゃないんだよ。

 

やりたいことをやりたいって言えるし

やれるんだよ。

 

大好きな出演者ばかりなので

めちゃくちゃ楽しみです!!!!!

 

イヤッホーーーーーイ!

全身で楽しむぞ。

 

みんな見に来てね☆

 

()正午オープン十三時半スタート

入場 @京都 一乗寺 ケパサキ(茶山駅を東に徒歩分)

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