この美しさをなぞりたい

林 葉月が見た世界、描き記す絵と言葉

【続】どうして今さら?

私は幼少時から絵を描くのが好きで手を動かして作ることによく没頭して育ちました。そろばんや公文やバレエなど色々な習い事をしましたが、唯一ずっと続けてこれたのは「絵の教室」でした。

 

高校では自由な校風の進学校に入り美術部で授業をこっそり抜け出してデッサンしたり河原でぼんやりしているうちに美術大学に進むことを決意しました。

その頃の自分のイメージでは美術大学はアーティスト(美術作家)になるために通うところでした。一方で、取り寄せたパンフレットの中の「デザイン科」はとてもかっこよくて、グラフィックデザイナーっていい響きだなあ、と文字や勝手なイメージを持って憧れていました。

いざ受験するとなると美術予備校に通うわけですが、そこでは受験のためにデッサンや色彩構成をします。

絵画や彫刻などの美術系を目指す人たちはデッサンや自画像などを描きます。

どちらも画材で描くことには変わりないのでどっちでもいいやみたいな気持ちと「デザインってかっこいい」「美術系は内面見つめたりドロドロしてて面倒くさそうだしなんかダサい」という高校生の浅はかなイメージで、なんとなーくかっこいい方のデザインを選んだような気がします。まあそれだけでなく基本的に美しいものが好きだったので、見てパッとわかりやすい美しさや身近なものの楽しい色使いという意味でのデザインに惹かれたところもありました。

デザイナーがどんな内容の仕事をしていて自分が向いてるかどうか?

デザインに対する情熱はあるか?

なんて考えもせずに「デザイン科」を受けると決めたように思います。

 

進学校のはみ出し者だった私をいつもかばってくれていた高校の美術部顧問の小山喜三郎先生に「デザイン科を受けることにしました」と言うと、先生はパウロ・クレーの絵とジョルジュ・ルオーの絵を二つ並べ「はづきは、クレーみたいに理性で筆を持つタイプではなくて、こっち(ルオー)だと私は思いますけどねぇ」と言われました。

だけどそう言われても自分のことなんてわからないし、先生の言うことなんて聞くつもりもなかったし思い込みが激しくて自分の選択に疑問を持つことはありませんでした。

今思うと、私をよく見ていてくれた身近な大人の意見にちゃんと耳を傾けて考えてみても良かったのに、と思いますが若かりし頃は聞く耳を持っていないってこと多々ありますもんね。

 

ここまで書いていて思い出したことがあります。

 

私は思ったことを何でも口に出すところがあって、それは子供の頃からずっとそうだったんですけど「弁護士になろうかな」とか「獣医になろうかな」と思ったことがあります。

「弁護士になろうかな?」と言うと「勉強たくさんしないとだし、自分が嫌だなって相手のことも弁護士なきゃいけないよ?向いてないんじゃない?」と言われました。

動物大好きだったので「獣医になろうかな?」というと「血を見て手術とかできるの?死んだらその度にしんどい思いをするよ?」と言われました。

この頃はまだ幼かったしその時に関心を持っただけで口に出していたので、まあ、仕方ないところもあります。

 

ですが高校生の頃、コムデギャルソンを知り大好きになって「ファッションデザイナーになろうと思う」と言ったら「ファッションなんて虚飾の世界だよ」と言われました。虚飾?と思ったけれど、そうなのか?私が子供だから知らないだけで?と思いました。

そして武蔵野美術大学基礎デザイン学科に合格して、でも私のやりたいことじゃない気がするやっぱり浪人してでも私は絵を描くことを仕事にしたい。

 

絵描きになりたい!

 

合格おめでとうムードの中、勇気を振り絞って「どうしても浪人してでも芸大に行きたい」「なんで?」「絵描きになりたいから」「絵描きなんて食っていけないよ」ガーン。。クラクラしました。そうなの?と思ったけど反論するほど世の中のことを知らずにいたし、やる気を理解してもらえる気配はなく、納得できないながらも現役で受かったところにおとなしく行くことにしました。

 

長くなったので、ここまでにします。続きはまた。

 

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