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【続続】どうして今さら?

前回からの続きです。

 

ところで、みうらじゅん(あえて呼び捨てにします大好きなので)は子供の頃から「〇〇やりたい」とか「〇〇になりたい」とお母さんに言うとその度に即答で「なれる!」「できる!」と返事が返ってきたそうです。

 

子供の頃はそうやって自分はなれるんだ!できるんだ!と思っていたけれどだんだん大人になるにつれて「うちの母親、やばいんじゃないのか?(なんの根拠もなく言っていて自分のただのファンみたいだったから)」と思ったらしく、そこからは自分でちゃんと色々調べたりってことをするようになったそうです。(たぶんそんなようなことをどこかのインタビューか何かで読みました。うろ覚えなので間違っているところもあるかも)

 

私は大学時代も卒業後も「自分の本当にやりたいことってなんだろう?」ってずっと考えてきました。

もちろん、それと同時に自分の興味関心のあることやその時々でやりたいと思ったことには全力で取り組んでもきました。

あれもやりたい、これも興味ある、やってみよう、行ってみよう、こうだったらいいのに、そうだこうしよう。

 

ですが「自分の本当にやりたいことってなんだろう?」が頭から消えることはありませんでした。

 

どうして自分は「好き」と思えることに正面からスッと向き合って取り組むことができないでいるんだろう?

どうしてあれこれやってみては疲れ切って続かなくなるんだろう?

 

私って、ダメだ。

私って、甘いんだ。

私って、何の才能もないんだ。

死んじゃいたい。

 

 

いろんなことが諦めきれないまま、かといって何か一つのことをやって満足するわけでもないまま、ぐるぐると回り道ばかりしてきたように思って自分にうんざりすることも少なくありませんでした。

 

どうしてこんななんだろう?って考えたとき、やっぱり私は自分がやりたいと表明したものに対して即座に否定的な返事をされて育ったからではないかと気付きました。

だって、みうらじゅん(あえて呼び捨てにします大好きです)は、即座に肯定されまくって育った。

もちろん本人の才能も素晴らしかったからなのも大きいけれど、その「即座に肯定される」という経験は、後々に大きく響いて、今も好きなことを好きなようになんでも仕事にする男みうらじゅんを形成しているんじゃないか?

そのベースが効いてるからあんなに自由で楽しそうなんじゃないか?と思いました。

 

私もみうらじゅんになりたい。

 

誰かの役に立ちたくて、喜んでもらいたくて、人の手助けをして、頼まれたらいつでも自分を捧げて、それで心底満たされるのならばそれがその人の本望なのだと思います。

 

だけど、残念ながら、私は違ったのです。

 

いつも擦り切れてボロ雑巾のようになるまで、そのことに目を向けず、いっぱいいっぱいになって、最後の最後に精魂尽き果てて何もかもできなくなる。アイデアだって尽きてくるし、お金もすっからかんになる。何もやる気が起きなくて毎日眠っていた日々もありました。

 

そして、そんな自分に、うんざりしていました。

 

何度か、案内文を読んでは高額だし合宿だしと諦めていた「スピリチュアル・プロフェッショナル養成コース(はづき語で言うと:自分の本質とつながり自分が本当にやりたいことを仕事にするための講座)が、まさかの最終回、そして参加費四分の一、しかも短期決戦セミナー方式で告知されました。

 

でもその講座の日程に被さるように予定がありました。一つは興味のあるイベントの頼まれ事のボランティア、一つは何年も出店したいと思いつつも叶わなかったフェスに飲食出店。

そして家計は火の車。

しかも東京に行くとなると新幹線代やら宿泊費やら費用もかさみます。

 

 

胃がキリキリと痛みました。

 

だけど、だけど、私は今このチャンスを掴まなければ、いつまでもやりたいことを後回しにして

いつまでも自分の本望を後回しにして

いつまでも好きなことで稼ぐこともできないまま

死んでいくのかもしれない。

 

そんな人生で本当にいいのだろうか?

 

私は何のために生まれてきたのだろう?

 

 

だけどお金なんかない

 

予定を断る罪悪感で胸がつぶれそう

 

夫は理解してくれるだろうか?

 

また母に批判されるんじゃないだろうか?

 

こんなのに参加するくらいなら自分でやれよ!

 

だけど、私、このままじゃ、死んでも死に切れない。

 

 

「絵描きなんて食っていけない」

 

 

ふと脳裏にこの言葉が浮かぶと突っ伏して泣いていました。

 

私はあの時の泣くことも叫ぶこともできなかった18歳の私を置き去りにしてきたままだった。

 

母には母の人生があり母なりに一生懸命生きてきた人だし大好きだと思えるくらいにはわだかまりは解消してきたので恨んでなどいない。

 

だけど、私よ!

 

ごめんね!ずっと無視してきた。

 

仕方ないんだこれが社会なんだって置き去りにしてきた。

 

あなたの情熱を、なかったことにして気づかぬふりをして、恐れて避けて無視してきた。

 

22年を取り戻せるとは思っていない。

 

 

 

だけど、やるんだよ!

 

今からだって!

 

 

 

じゃないと私の成仏できない生霊がいつまでもいつまでも自分に付きまとってくるし恨まれて呪われて幸せになんかなれないよだって自分の一部なんだもの。

 

自分で自分を苦しめるのは、もうやめたい。

 

今までだってそこそこ充実していたしやりきった充実感だってある。

 

だけど私のコアが一番満たされなくてどうするんだろう?

 

こんな物語を忘れてしまうくらい楽しくてワクワクして情熱を注ぎまくれる仕事を私にしかできないことを全うしたいのです。

 

全てに思いっきり深く感謝して愛したいなら、自分を自分で救わなくちゃ。

 

そう思って、この一見何だかわからない怪しげと見る人には怪しいだけかもしれない「スピリチュアル・プロフェッショナル養成コース(はづき語で言うと:自分の本質とつながり自分が本当にやりたいことを仕事にするための講座)に通うことを決めました。

 

長くなりましたが、今から第三回目の講座に行ってきます。

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