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言葉で伝えようとすること①

「愛すると失う」というセットをどうしてこんなに意識してしまっているのかについては前々回に書きました。

 

私は愛する父と会う機会を失い、父がプレゼントしてくれたぬいぐるみとかも失った。

そして、何一つ父にちゃんと伝えることもできずにただただ泣いていたのが

3歳の時のことでした。

 

私は、過剰なまでに「言葉を使って伝えようとする」傾向がある。

 

 

こんなに言葉を重ねているけれど

本当は全然、得意なことじゃないんです。

 

感覚派で、いつまでも黙っていられるなら黙っていたい。

 

ずうっとテレパシーが使えるようになる世界になったらいいと思って

親友と練習していたこともありました。

 

感覚や心がズバッと伝え合えたらいいのにって思ってた。

 

こういうことなんだ、ってことをきちんと伝わるまで話し合いたい。

こうだってことを、言葉でうまく言い表したい。

 

そういう欲求が、どうやら他の人よりあるっぽい。

 

そのことに少しずつ何度か気づいてきました。

 

どうして私はこんなにも「理解」されたがりなのか?

 

夫は私の議論に徹底的に付き合ってくれるしちゃんと話し合えます。

そこがとても気に入っていて。

 

ある時「理解されること=愛されていること」というふうに自分が感じていることに気づきました。

 

だから、ちょっとでもわからない、とか、わかろうとしてくれない、とかがあるとひどく落ち込み

どうしてわかってもらえないのか?とかどこがどう気持ちがすれ違っているのか?を徹底的に話し合いたいと思っていました。

 

「言葉の数だけじゃ心通うはずないのに byUA

 

わかってる。だけどどうしてもそうせずにはいられない。

今もそう。こんなにブログで自己開示をするつもりなんてなかった。

 

だけど、中途半端に誤解されたくない。

理解されたいという気持ちが過剰。

 

それは、父との別れに原因がありました。

 

あの時の「自分の気持ちや状況を伝えられなかった想い」が私に深く刻まれて

私は、無意識に日々、訓練をしてきました。

 

私と発する言葉にズレがないか?自分を観察しました。

 

それはそれはズレていたこともあって、その頃は人としゃべるのが苦痛に感じることもあり

今日は一日誰とも話さないと決める日もありました。

 

言葉なんかなくても全部伝わればいいのに

 

そう強く願っても祈っても叶いっこなくて

 

絶望的な気分が、私のどこかにいつもあったように思います。

 

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