この美しさをなぞりたい

林 葉月が見た世界、描き記す絵と言葉

あまなつだれでも食堂を一年間やってみた感想

一年間やってみた感想

 

なっちゃんの書いてくれたことにも、かなづが書いてくれたことにも、1ミリの違和感もなく同感だなあって思って

だから私が書くまでもないかなって思うけれど、私なりに一年振り返ってみます。

 

とりあえずやってみよう!ってやってみて、やはり常に人に支えられていることをすごく実感した一年でした。

お野菜やお米を送ってもらったり、手伝ってくれる人が集まってくれたり、運営資金を振り込んでいただいたり

声かけたり気にかけてくれたりもして、食べに来てくれる人もいつもちゃんといて

とにかく本当にみなさんのおかげで成り立っていてありがとうと改めて伝えたいと思います。

ほんとうにどうもありがとうございました。

 

ある日、声をかけてもらった「こども食堂シンポジウム」でパネリストとして登壇した時に

私たちのことでいいのかなあ?何かのヒントになるだろうか?うまく伝えられるだろうか?と思って

緊張しながらもお話ししていたんですけれども、他の方の話を聞くとやはり「支援型」の「地域密接交流型」でこそこども食堂は貧困対策として機能しうるのではないか?というような空気の流れがありました。その点、甘夏ハウスで私たちが始めたものは「子どもだけを対象としない方がいいんじゃないか?」「貧困対策としてというよりも、セーフティネットのような役割を担えないだろうか?」と考えていたので、これでいいのだろうか?いいと思うんだけど、説得力や成果が出しにくいから、とモヤモヤしていました。そんな時、急に思い出したことがありました。

それは、自分でもびっくりしたんですけど、私は母子家庭のフルタイムで社員として働くシングルマザーの子どもで

鍵っ子で、よく一人で晩ご飯を食べていたんですね。そしてそのことをその日その時までなんと!忘れていたのでした。

登壇しながらも走馬灯のように自分の子供の頃の記憶が蘇ってきて、だけどそれは決して悲惨でも惨めでもなくて

当時の自分としては何も問題と思っていなかったし、マイペースに自分勝手に過ごせていてむしろ幸せくらいに思っていました。

母子家庭でもその頃は景気も今より良かったし、収入面でいうと母が稼いでいた額が多すぎて母子手当がもらえない程度には

潤っていたのでした。ごはんもほとんどは母が作り置きしていてくれて満足していました。だからそういう意味では「貧困」ではありませんでした。だけどよく考えてみたら、やっぱりそういう物理的な豊かさとは別の面でもしかしたら得られていないことがあったかもしれません。じゃあ、それはなんだろう?と考えてみました。

周りの子達が当たり前のように享受していて私になかったもの、それはもしかしたら自分の親以外の大人との交流だったかもしれないと思いました。

 

昨今、よくよく「ご近所づきあいが大事」とか「地域で支え合う豊かさ」みたいな言葉をよく耳にしますけど、実は私にはあまりリアリティがないんです。小中高校生時代を東北の田舎の小さな住宅地で育ったんですけれども小2で引っ越してくるまで東京で生まれ育ったものですから、いわゆるよそ者です。よそから来た上に母子家庭です。母子家庭で母は土日も含めたフルタイムの仕事をしていますから町内会にも地域にも溶け込めようがありませんでした。町内会の仕組みがよくわからない私は友達に誘われて町内会の人たちとバスに乗って出かける行事に参加したら「廃品回収を手伝ってない家の子供は来ちゃいけないんだぞ」って言われたこともありました。どんな事情であれ町内会の手伝いを積極的にできない家庭は村八分な訳です。それで、その頃の私の周りにもし「地域に根ざしたこども食堂」があったとしたら、私は通っただろうか?と考えました。

母子家庭育ちという偏見を持たれることの窮屈さというのは差別される側に立ってみないとわからないことかもしれませんが、とても居心地が悪く肩身の狭いものです。私がその頃過ごしたその地域だけが特殊だったわけではなくて、保守的な考え方の人が多い地方都市の住宅街ではそんな考え方の方がメジャーなんじゃないでしょうか?違うんだったらその方がいいけれど、私だけが特殊だったわけではないと思うんですね。

 

そんなふうに考えて振り返ってみると今の甘夏ハウスで開いている「あまなつだれでも食堂(旧こども食堂のようなファミごはん)」は、その地域に暮らしているわけでもないよそ者が開いているのですから、よそ者に優しいと考えることができると思います。

どんな地域にだって、地域や町内のコミュニティに馴染めない人たちだっているんじゃないだろうか?

密接で近い関係の中だけでなく、いろんな人が来て混ざり合う風通しの良い軽やかな関係性があってもいいんじゃないだろうか?

急に視野が開けたような晴れ晴れとした気持ちになって、甘夏ハウスでのこのやり方、この方針は間違っていないのだと確信しました。

よそ者による、誰にでもひらかれた場所。そういう場所でこそくつろげる誰かがいるような気がしたのです。

そして、こういうことを受け入れる度量のあるご近所の方々も集まってきてくれていることはとても心強くもあります。

 

大人になった私は大勢の人たちと大きなテーブルを囲んでワイワイご飯を食べるのが大好きでした。

疑似家族みたいなものに憧れがあるなあと20代の頃にアルバイトをしていた飲食店でふと気付いたりもしました。

他愛もない話をしながらくつろいでご飯を食べることって、なんて楽しいんだろうって思っていて、その賄いを食べる時間が大好きでした。

 

京都に越してきて手伝った「ゴー!ゴー!ワクワクキャンプ」でも大勢でご飯を食べます。私にとってはそういうふうに誰彼問わずごちゃ混ぜになってワイワイと食べるごはんてのは、食べ物の持つ栄養素だけではない何かを私にもたらしているような気がするのです。

 

毎週だなんて大変じゃないですか?と聞かれることがあります。もちろん休みたいなって思う時もあります。だけど3人主要なメンバーがいれば交互に休むことが可能だし、それに何といってもやっぱり自分自身がこういう場所でこういうごはんの食べ方をするのが気に入っているのです。

 

だからあんまり大変だなって思うことって少なくて、楽しいな嬉しいな美味しいなって思ってやっています。

 

誰もがなるべく無理をしない形で、じんわりと続けていくことができたらいいなあと思っています。

 

これからもどうぞみなさんと一緒に歩んでいけたらいいなと思っています。

 

はづき

 

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